11月21日(土)
電車に乗って、すぐに鼻水がわいてきて、今度は熱がましてくる。どうしたことか。高円寺の西部古書会館の古書展、一日目で賑わっている。一回りして、何冊か購入する。オヨヨ書林さんの棚が半額セールをやっていた。吉岡実【「死児」という絵】思潮社が後のページが傷んでいるが、中身は美品なので買う。詩集でなく、エッセイを中心とした本だ。パラパラ捲って読むと、吉岡実の奥さんは、和田芳恵の娘さんなのか。吉屋信子【鬼火】中央公論社は、函が痛んでいるが中身はキレイだ、100-なので買い。そこから、深川いっぷくでの《林哲夫・読む人スケッチ展》を見に行く。装丁本も並べている。店の奥のコーナーに何枚もの作品が展示され、二つの大きなスクラップブックの中にも作品が収められていた。丹念に見る。読む人の目が本に集中している作品ばかりで静寂感がある気がする。古本市もやっていて、何箱かあったので見る。一箱、特別安い値段を付けたのがあり何冊か購入した。私が店に入ったときは、ひとりだけだったが出る頃には10人以上となっていて盛況になっていた。会いたいと思っていた豆子さんはいなくて残念だった。神保町へ。コミガレ、三省堂古書館から東京古書会館の古書展へ。2日目、四時過ぎでのんびりしていた。ここでもオヨヨ書林さんの姿を見た。ヒナタ屋、お茶休憩して帰る。 11月20日(金)
朝、会社に行く前にコンビニからみちくさ市用のためにダンボールに詰めた本を一箱送る。いつもと同じ本を。今日も寒い、鼻水がじんわりと出てくる。熱はないのだが、風邪なのだろうか。みちくさ市は大丈夫か、自分。会社でBOXに入っていたものを10個ほど整理・捨てる。以前撮った写真のネガなども処分する。見ると処分できなくなるので見ずに処分する。夜、《一箱古本市》が私にとっては事件な出来事なので、思いついて南陀楼綾茂著【一箱古本市の歩きかた】光文社新書の感想リンク集を作成する。つい、不忍ブックストリート・一箱古本市リンク集を読んでしまう。はじめの方の退屈男さんが作成されたリンク集を読むと楽しい。アチャー、二時になってしまった。 ![]() 11月19日(木) かなり冷え込んできた。もう正月を迎える準備か、駅まで歩いていると庭木の手入れをするところを見かける。植木屋さんが梯子に登って、丸みを帯びた曲線に整えている。後日、そこを通ると、すっきりした樹木・生垣になって気持ちいいものだ。だが、前にも書いたが、樹木が枝を切られることは人間のエゴではないか。樹木が痛い、痛いと叫んでいないのだろうか、それともさっぱりしたと喜んでいるのだろうか。次姉よりちょっと知り合いの人が亡くなったことがメールに入る。入院してすぐに亡くなったようだ。喪中ハガキが来ているが、思いがけない人が亡くなっていることを知ると気が滅入る。【一箱古本市の歩きかた】を音羽で購入する。消費税サービス価格になっていた。本は、新刊書店で立ち読みした程度だから、ゆっくりした時間に読もう。私が参加した場所が載っていて、その部分の感慨もあるから出来るだけ味わって読みたいと思うのだ。【一箱古本市の歩きかた】の感想は、ジュンクのジュンコさんのがいいようだ。 11月18日(水)
いつも見ているブログ、有田芳生さんとナンダロウさんに同じ話題が出ていた。映画、〔ゼロの焦点〕がお二人ともいい評価をされている。うーん、そうなのか。広末涼子がピンとこないが。〔おくりびと〕しか見ていないが、どうなんだろうか。中谷美紀の演技がスゴイらしいこともお二人ともあげられていた。これは見てみたい。朝、寒いのでスーツの上にウインドパーカーを着て出勤する。年々、寒さが嫌になってくる。杉森久英【美酒一代・鳥井信治郎伝】新潮文庫を読む。今のサントリーを一代で作り上げた人の話。昔から宣伝をうまく利用していたようだ。何事でもバイタリティに溢れる人でなければ洋酒メーカーとして成功しなかったのか。サントリーは、創業当時からの主力商品・赤玉ポートワインから太陽・サンと名前の鳥井からきているようだ。鳥井さんの組み合わせではないようだ。帰り、寒気がしたので茶話会を断念したが、<ブ>には寄る。森まゆみ【断髪のモダンガール】文藝春秋の表紙の画がよくて買う。大正時代の女性・42人が取上げられている。が、名前だけでも半分くらいしか知らない。家に帰って、熱めの風呂に浸かって寝るが眠りに付けず、三時頃まで目が覚めていた。 11月17日(火)
夜、忘れるところだった《爆笑問題・ニッポンの教養》を見る。ゲスト・亀山郁夫さん(東京外国語大学学長というよりロシア文学の訳者として有名かな)が、ロシア料理を食べながらドストエフスキーのことなど熱く語られていた。今の日本の現状が【罪と罰】の時代に似ていることなど。『ドストエフスキー文学の中の最大のテーマというのは、「黙過」っていうテーマだと思っているんですね。黙過っていうのは、要するに黙って見過ごすこと。誰がどこで何が行われようと、例えばそこでいじめがあろうと、誰かがそこで殺されようとしようが、どんなにかわいそうな人がいても、黙って見過ごしてしまうという。それを黙って見過ごすならばいいけれども、他人の死を願望するというね、そこまで踏み込んだ黙過ってあると思うんですよ。』「黙過」か。【罪と罰】は、一度手に取ったが途中までしか読んでいないなー。亀山郁夫さんがロシア文学に向うのが12,13歳のころと言っていたが、○○さんから同じような年代でロシア学科を目指したことを先日聞いたばかりで驚いた。
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