12月6日(日)
昼前に家を出て、地元の古本屋を見て、荻窪からバスに乗って蘆花公園へ。そこから歩いて世田谷文学館へ。荻窪のバスの中でのこと。中央の横向きの座席は空いているのに、バスが発車しているのに後の座席に座ろうとする年配のご婦人がいて、同じ年頃の人があんなに空いているのにと問いかけたら、『子供のころに親にバスなどで移動するとき横向きは不自然なので、そこには座るなと言われまして』と答えていた。横向きの多い電車などではどうするんだろうかと思ってしまった。いろんな考え方の人がいる。世田谷文学館へ着いて、何かおかしい感じがする。久世光彦展は終っていたのだ。出かける前にネットで見たら最初の画面に出ていたので安心していたのだが、帰って見たら期間の後に終了の文字が赤字で書いてあった。ガックリ。館内の1階で森繁久彌展が開催されていた。亡くなったので、急遽開催されたのか、映画関係のものが多いコジンマリとした感じの装うよいであった。森繁劇団の1期公演の模様のビデオを10分ほど眺める。芦花公園から井の頭線に乗り替えて新泉で降りて松涛美術館へ行く。案内板があって、すんなりと着く
。「没後90年 村山槐多(むらやまかいた) ガランスの悦楽」を見に来たのだ。村山槐多という名前を聞くがよく知らないので、この際見てみようと思っていたのだ。22歳の生涯である。絵画作品、スケッチなどが展示されている。絵は上手いのかどうかよくわからないが、強烈なインパクトが頭に残る作品が多い。自画像も何枚かあるが、若いころの顔がかなりの年配の顔にも見えてくる。生き様が顔に現われているのか。詩も何篇か白い壁に切り抜き文字が展示されていた。絵画に田端文士村を描いた作品もあり、芥川龍之介がいた田端文士村にもいたようだ。大正3年、田端も田畑ばかりの絵画だ。美少年に宛てたピンクの紙に書いたラブレターもあった。図録などあまり買わないが、また見ようかと思って思わず買ってしまった。そこから歩いて渋谷を目指すと渋谷<ブ>があり、当然寄ってみるがこれはというものは何も見つからない。渋谷は、いつ来ても人が多いがこの人たちはどこへ行くのか。荻窪に寄って帰る。家に着いたのが、九時過ぎで出かける前にバルコニーに干した布団、毛布がちょっとひんやりしていた。