6月7日(木)
歩いて荻窪へ、そこからメトロ・丸の内線で国会議事堂前駅で乗り換えて日比谷へ。階上に出ると皇居が見えて、もう違う場所にきたことを思わせてくれる。帝国劇場のビルは、分かったが、ネットで見たら、その中に出光美術館があるというがどこだろうか。チケット売り場で聞いて、さらに横移動するとあった。ちゃんと、EV担当のオジサンがいた。9階へ、[悠久の美―唐物茶陶から青銅器まで]展を見る。中国の古い時代の容器、主に酒のために作られた酒樽、酒杯の類を並べられて展示されていた。程よいお客さんだ、地方の品のいいオバサンたち、外国人を案内されている人が目立った。展示会場を出て、パアーと外から明るさが拡がってくる。休憩場になっていて、20人くらい座れる席が窓の方に向かって座れるようになっている。窓から皇居の一部が見える。無料のお茶機も置いてあって、ここは盛況だ。ほうじ茶、ウーロン茶、煎茶、水、それぞれ熱いのと冷たいのが用意されていた。冷たいのと熱いのを2杯も呑んでしまった。休憩場の奥に、日本全国の陶器のかけらが展示されていた。熊本の八代焼きなんかもあったが、今まで知らなかった。細川氏が肥後に来る時にその職人たちを呼び寄せたのが始まりとか記されていた。誰もいなかった帝国劇場前には、沢山の人がいた。次の会の開場を待っているのだろうか。ここから近くの日比谷公園内にある日比谷図書文化館で開催されている[報道写真とデザインの父 名取洋之助 日本工房と名取学校]展へ。日比谷公園を横切って歩いて行く。公園内に入るのは何回目だろうか、2,3回しか来たことがない。外側はよく歩いて通過していたが。うららかな日和でベンチ座っている人たちが気持ちよさそうだ。名取洋之助の名前だけは聞いたことがあるが、どんな人かは知らなかったのでちょうどよく勉強、その人となりを知ることができた。展示物が少ないが写真はいい、古い写真はいい。1930年代のドイツ、アメリカに行っていて写真を撮っていたのか。『岩波写真文庫』も、この人の手によるものなのか。名取洋之助を偲ぶ会の録音も聞けるコーナーがあり、木村伊兵衛の名前もあったのでベンチに座って聞く。まあ、普通のオジサンの声だった。名取洋之助という人は、相当なお坊ちゃんで仕事もワンマンだったようだ。良い言い方をすれば仕事上は厳しかったようだ。『NIPPON』『週刊サンニュース』が展示されていたが、表紙のデザインがいい、こういう大きくて単純明快なものがいい。もう一軒展示物を見たかったが、疲れたので断念する。新潟の一箱古本市に出店するので、そこに送る準備をしていたために寝ていない。荻窪からフラフラになり歩いていたら『モンガさん』と呼び止められた。こちどりさんだった。お母さんと一緒で、これからバスで帰るところのようだ。挿絵画家の人のことも聞けてよかった。
出光美術館[悠久の美―唐物茶陶から青銅器まで]展
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html
[報道写真とデザインの父 名取洋之助 日本工房と名取学校]
http://hibiyal.jp/hibiya/museum_03.html